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タイの文化について11の知っておくべき事

タイに旅行すれば、多くの違いに気づくでしょう。タイ人は、お互いの挨拶や敬意や謝罪、別れを、握手の代わりにワイと呼ばれるジェスチャーで示します。タイの文化には大小さまざまな特異性があり、以下はその例です。

家族の問題

 タイにおいて家族は常に優先されます。そして西洋諸国の一般的な家庭よりも大家族で、重点をおいています。タイ人の兄弟姉妹の数にショックを受けるかもしれませんが、その多くは、いとこである可能性が高いです。タイ語でいとこを表す言葉はなく、いとこも兄弟姉妹と呼びます。タイ人は仕事で引越す場合も、故郷と強いつながりを維持し、大家族はお互いに近くに住んでいるのが普通です。

 両親が遠い地で働かなければならない場合は、当然ながら大家族の役割として、その子供を祖父母や親戚が育てます。家族の中でより若い者は年配者を助けることが期待され、これは作業の範囲によって財政的にも助かるからです。

ステータスは重要

 直ぐには分からないかもしれませんが、タイの文化ではステータスは重要なことです。年齢、家族のつながり、職種、教育、収入のレベルは、社会において認識されるステータスです。その人の環境が変れば、ステータスを獲得または喪失する場合があります。ステータスに応じて、異なるバージョンのワイ(合掌の挨拶)があり、又、誰が最初のワイを行なうべきかの社会的ルールもあるのです。グループの社交では、最高所得者がそこに位置するのは伝統的なことです。

 会話する時の年齢を示す言葉があり、年上には敬意を示すために名前の前に“ピー”をつけ、年下には“ノーン”をつけます。しかし実際はそれほど単純ではなく、年下でも結婚や職業によって高い地位にある場合、“ピー”とつけることがあります。これらの小さなルールを外国人は見逃してしまいますが、タイ文化にはしっかりと織り込まれているのです。

面目と尊敬の喪失は大きな問題

 タイでは、尊敬、恥、面目の概念は重要で、おそらく多くの西洋諸国以上です。言語とワイは、タイ人が敬意を表わす為のほんの一部の方法にすぎません。例えば、手土産を持たずに誰かの家を訪問するのは失礼と考え、家に入る前に靴を脱がないのは、大変な不行儀です。さまざまな形で誰かを軽視すると、その人は面目を失う、つまり公に恥をかかされることがあります。人前で誰かを怒鳴ることも、面目を失う別の形です。

 暴力は面目がつぶれる原因となる極端な例です。タイの特に農村部で、社会的規範(および法的な枠組の外)に従い、不正が発覚した場合の対処として、個人、家族、又はそのコミュニティが、適切な罰則が下されるのは珍しいことではありません。

巨大な愛国心

 国民としての誇りはタイ人の精神の大部分です。この国は、ヨーロッパ諸国によって植民地化されたことがない、東南アジアで唯一の国であるという誇りがあります。国歌は1日2回演奏され、歌が終わるまで人々はその場で立ち止まります。国旗はいたる所ではためき、毎朝国歌とともに上げられ、夕方には下ろされます。王の国歌は、映画館では開演前に再生されます。タイ人の多くは、自国への永続的な愛を公言し、それは宗教や君主制にまで及んでいます。タイで外国人は歓迎されると同時に、わずかに茅の外の存在です。

心配は無用

 タイ人が否定的な感情を強く出すことはあまり無く、大衆の中で発作的な怒りやかんしゃくを起している人を殆ど見ません。これはプライベートを見せないとか感情が無いというわけではなく、単に感情を公にして面目を失いたくないのです。この為タイ人は、とてものんびりした国民性だと見られます。

 毎日耳にする一般的なフレーズの“mai bpen rai”は、“心配や問題がない”と大まかに訳されます。飲み物をこぼしましたか? mai bpen rai。 試験に失敗したのですか? mai bpen rai。誰かをバイクではねて骨折させてしまったのですか?mai bpen rai 。親戚が亡くなったのですか? そうです…Mai bpen rai。

 外国人にはこれを、タイ人は取り乱したり攻撃したりすることは無く、何事ものん気で真剣に受け止めない国民性だと考える人がいます。しかし、そういった概念を乱用しないでください。実際は彼らは気にしているのですが、下記にあるような方法で応答するよう条件付けられているのです。

笑顔には多くの意味がある

 多くの外国人は、タイが絶え間ない笑顔で、暖かく幸せで、歓迎している国だと思います。実際にタイは「微笑みの国」として知られています!しかし笑顔は必ずしも幸せを示すとは限らず、時にはマスクとして使われます。それは、タイ人の多くが本当に親切で、歓迎し、素敵であるという事実を損なうことではありません。しかし笑顔があなたが思っているとおりを示していない場合もあるのです。

「はい」は「いいえ」を意味するかもしれない

 まれにタイ人は、はっきり言わない時がありますが、それは「いいえ」を意味します。それは、より安全で面目を守るためでしょう。おそらくは「いいえ」を意味していますが、「はい」を意味する場合もあります。そして「はい」は常に「はい」を意味するわけではありません。タイ人は相手を失望させることを好みませんが、相手に従いたくない、又は従わなくても、相手の言った事に同意することがあります。計画はしばしば流動的です。又たとえば、道案内するときに、タイ人が「知らない」と言う事はまれです。むしろ、先々大きな不便や失望を相手に与えかねないと考えるより、ある時点まで希望的な事を言うかもしれません。

特異な宗教

 タイの主な宗教は仏教で、特に上座部仏教です。他の仏教諸国とは違い、多くの外部要素が入っています。ヒンドゥー教の習慣や中国の伝統的な信仰が、地元の信仰にある適度影響を与えおり、アミニズムの信仰は今日のタイ仏教を作る上で、大きな役割を果たしているのです。

 例えば、仏教では物質への執着を良しとしないにもかかわらず、多くのタイ人がお守りや魔除けを持っています。また幽霊や霊的なものに対する信仰が強く、伝統的な仏教以前の信仰に由来しており、あらゆる場所に神社があります。

迷信は一般的

 幽霊や霊的なものへの信仰に関連して、タイは迷信の国です。 結婚式の手配、家の購入、運転のテストなどの前に、縁起の良い日を占い師や僧侶に相談するのが一般的です。

 新生児にニックネームを付ける伝統は、赤ん坊を盗むかもしれない悪霊をだましたいという願いから始まりました。伝統的に、タイ人は子どもが霊に望まれるのを恐れ、赤ん坊の両親をほめることも避けます。他には人形に宿る霊、病気の赤ん坊の髪は切らない、男児と女児の双子、動物、夢に関するものなど、さまざまな迷信があります。

僧侶は尊敬される

 タイでの滞在中は、寺院の中や外、路上やバス、お祭り、日常環境で多くの僧侶を見かけるでしょう。タイで僧侶は非常に尊敬され、彼らを軽視してはいけません。

 例えば、公共の交通機関には僧侶の指定席があり、席が空いていなければ常に僧侶に席を譲らなければいけません。 特に女性は、僧侶の周りでの行動に注意が必要です。女性は、僧侶に触れたり、物を直接手渡しないように(女性はお供え物を手からではなく僧侶の皿に置く)僧侶や持ち物の隣に座ってはいけないのです。もしあなたが僧侶の周りで不適切な行動をとったなら、周りの人々がすぐに指摘するでしょう。

身体認識

 タイ人は身体のさまざまな部分に、意味と重要性を置きます。頭は体の最も精神的な部分と見なしているので、他者の頭に触れるべきではありません…殆どの人は見知らぬ人の頭など触れませんよね。しかし、これは子供にも当てはまるのです。愛情をこめて頭をなでても、タイ人の親には不快感を与えるかもしれません。

 タイ人が手をつないだり、抱きしめたり、人前で相手に触れたりキスしたりするのを見る機会は、一般的にありません。

 2人の人が歩いている間を通過しなければいけない場合は、あなたの頭を彼らよりも低くなるように、少し前かがみになって通過するのが好ましいです。また、自分よりも社会的地位が高いと知っている人を通り過ぎるときも、少し前かがみになのが礼儀正しいです。

 足は、汚れている部分で象徴的に低いと見ます。 足で誰かに触れたり、足の裏を外側に向けて座ったり、人や仏像に足を向けたりしないでください。足を組むことさえ、一部の人々は気を使う事があります。勿論、足でドアを開けたり、足でバッグをずらしたりと、手の代わりに足を使用することも含みます。靴を脱ぐべき場合も多々あります。

 指を曲げて誰かを手招きするように、相手を指差す事も失礼と見なされています。タイ人はしばしば、唇を外へ押し出して、方向を示したりします。又は指をすべて伸ばし手全体で指すようにします。誰かを手招きするには、手のひらを下向きにし、すべての指を伸ばし、手首から曲げて示さなければいけません。ですが、タイ人は一般的にとても寛容で、外国人訪問者が失策することを理解しています。宗教や君主制に敬意を表さない、公の場で叫ぶ、半裸で歩き回るなど、大きなものではない限り、多くのタイ人は文化の違いを気にしません。